2013年3月18日月曜日

天河というイベントについて

3月17日、天河というイベントがリンピンスーパーの入ってるニムシティで開催された。
東日本大震災犠牲者となった方々の慰霊と支援してただいた方々の感謝を表すイベントだ。

僕は仕事の都合により途中からイベントを見に行ったのだが、思ったより人が少なくてスタッフが目立っていた印象。つまり入場者が少なかったという事、特にタイ人は少なかった。会場で会った知人曰く、早めに帰る人が多かったとの事。日本では震災関連で行われるイベントは数多くある。でもこうした海外で行われるイベントは数えるほど少ないのではないかと思うので、大切な催しとなってほしいものだ。それだけに趣旨がしっかり理解できるイベントとなる事、そしてタイ人の集客をもっと考えるべきでは?

今回2回目になるこのイベントだが、僕は主催者の方々に進言したい事柄がある。

まず心を一に共に歩く趣旨ならもう少し広範囲に告知活動をするべきではないだろうか。僕が関わる趣味のイベントなら口コミスタイルでも充分で、来ない人がいても、来てほしくない人がいても、知らせたくない人がいても全然かまわない。しかし、こういったイベントはもっと多くの人に知らしめるべきで、区別、差別は絶対ダメ。ましてや内輪色が強くなるのはもってのほか。

「天河」という友好イベントにして行こうとする指向じゃないかと勝手に思うが、その気持ちもすごくわかる。でも、もしこれから長く続けるつもりなら、もう少しタイの人が興味を示し、ちゃんと理解してもらえる内容が必要だ。何か学生の日本祭と変わらないと感じる気持ちなのは僕だけかな。

この手のイベントは本当に難しい。お祭りじゃないし、義援金活動じゃないし、ましてや商売でもないだろう。趣旨を分からない人はいらないとか、自分たちが嫌いな人は来なくてもよいと云うのでもないだろうと思う。みんなに理解をしてもらう催しでしょ?「犠牲になった方々の慰霊」「私たちはタイの人々に感謝してますよ。」「これからも仲良くして下さいね」まずは広く理解してもらうような構成で有ってほしいと思います。

最後に:
これは悪い批判ではありません。僕は無償の愛が好きなんです。偏見(僕みたいな人間に対して)を持たず、一つの意見として捉えてもらいたい気持ちから綴らせてもらいました。



2013年3月16日土曜日

そろそろ書いてもいい時期かな、新聞編(その1)

無料情報誌を立ち上げるきっかけとなった話をしよう。

13年前、宝島発行の一攫千金の本という本を読み、アメリカで成功した情報誌の話を読んだ時にチェンマイには日本語新聞がないからやってみたいと思いつき、当時早期退職した元教師と今も仲良く付き合っているコンピュータープログラマーのまこっちゃんの3人で情報誌を立ち上げる事になった。

資金は等分で出し合い、僕が営業、元教師は記事、まこっちゃんは紙面作りという事で小さな部屋を借り、スタートした。

バンコクのフリーコピーの作りを真似ての紙面作りだったが、毎日遅くまで作業に没頭して、その頃はまるで中高生の試験勉強のごとく、それはそれは楽しい日々だった。

今思うと、いくら素人と言えどもよくもあそこまで幼稚な紙面作りを平気でやっていたかと振り返るとお笑いだ。まあ、今でも素人作風は変わらないけどね。

儲かりそうだと始めた情報誌だが、3人ともほんとに儲かるとは考えていなかったと思う。現に言い出しっぺの僕が儲かるとは思っていなかった。それよりもチェンマイで誰もやらなかった事をやって、みんなを驚かしたかったというのが本音だった気がする。

創刊の作業も終盤を迎え、印刷の見積もりなどしていた頃、元教師とまこっちゃんの態度がやけによそよそしくなっていった。僕を避けるかのような態度をありありとするようになった時、元教師から当初の約束を反故にする内容を告げられた。印刷費の負担はしないと言うのだ。

『いまさら何を言ってるんだアホが! 』と心の中でつぶやく僕。

理由は営業(僕)が広告を取って来ていない、誰かから僕の悪い噂を聞いた。不安だ、だからお金は出さない。とまあ、こんな事を言い出したのだ。まこっちゃんも元教師に押された形でガタツクなら僕も金は出さないと言う。

僕はここまでやって来て、お互い合意した事を平気でくつがえす態度に腹を立てた。

それならと、僕は印刷費など経費は自分一人で出す、しかし、二人の取り分は儲かるようになってから払う事にすると、ほぼ独断で決定、そして発行にこぎ着けた。

勿論その決定には金を出さない奴は従うしかなかった訳だ。それが証拠に元教師とまこっちゃんはその後暫く仕事をしていたのだから。





すごい身勝手な奴

チェンマイで長くいる日本人から聞いた話。

ある事情でOという日本人男性から借金をしたN氏の話はこうだ。

月々定額で返済をしているが、時々返済が遅れていたが、その都度返済を迫る電話があり、その言い方に辟易していた。

そしてある日、経済的に苦しい現状からいつもより返済が遅れた時にOから言われた言葉が「遅れるのはあんたの事情で俺には関係ない!早く振り込め!」と暴力団まがいの催促を受けたそうだ。

そしてそれから遅ればせながら、振り込みをした日にまた電話があり、「いいかげんにしろ!払わないとどういう事になるか分かるか!」と脅迫され、さすがに頭に来て思い切り怒鳴って電話を切ったら、そのあと立て続けに20回以上の電話が鳴り、このストーカー行為に呆れてしまったそうだ。その翌日も言うまでもなく数回電話が鳴り響いたらしい。

日本でもそうだが、たとえ金を貸した側でも催促の為脅かしたりすると罪になる。ほんとに返してほしければ、しっかり法的処置をするべきである。脅かしたら負けなんだ。

その後どうなったんだろうか、また聞いてみる事にしよう。


2011年4月26日火曜日

チェンマイは日本人にとって、良いロングスティ先となるのか

ゴールデンウィークを前にしてにわかですが、日本人の観光客が増えてるような。

日曜のホコ天は日本人が多かった。

ある知り合いの日本人が言ってたが、被災地に住んでいた人が当分の間、知人や親類を頼り、チェンマイに一時退避を考えている傾向があると。

どこへ行こうが、日本人同士の理解と距離感を保つ事が出来ればチェンマイでもいい所となるのは当然です。暗くて、陰険な話題は聞き流し、明るくて陽気な話だけいっぱい聞くようにすればチェンマイ生活も楽しいかな。

2011年4月16日土曜日

2年もサボってました~

これといって仕事がある訳でもないのにやけに忙しい毎日を過ごしていたら2年もサボる羽目になってしまいました。これからじっくりとチェンマイに関わる事を記していこうと思います。

2009年6月7日日曜日

ベテラン詐欺師の手口

前回投稿したベテラン詐欺師の詐欺事件概略を紹介します。

ドクターカミヤマハルキ(共犯、本名:永見智哉)
秘書ヨシダカズオ(主犯、本名:近藤裕康)

少数民族を支援するNPOを名乗り、日本の企業にソーラーシステムの購入話を持ちかけ、初回はその契約書作成代金として100万円を搾取、その後数回にわけ搾取を計画していた模様だが、被害者が詐欺と気づき警察に通報したため、この時点で警察が動き詐欺師は確保されたが、やむなく諸事情により示談交渉となり事件は終わった。

詐欺師の手口では常に購入の話からつけ入ってくる。だいたいドクターや会社会長など名乗るのが特徴。常に二人組みにて行動。現在、ニマンヘミン通りのソイ12、ピンナコーンサービスアパートメントには近藤在住、ソイ6、エンパイアサービスアパートメントには永見在住。

共に10数年前より犯罪暦あり。総額で億以上は荒稼ぎしているので、注意が必要です。

2009年5月26日火曜日

チェンマイにいるベテラン詐欺師

ベテラン詐欺師がチェンマイを拠点に暗躍中という事が先日判明した。僕の知る限り、過去10年にわたり相当数の詐欺を働いている2人組だ。手口はやはり詐欺師だけに巧妙かつ計画的。が、よく調べると間抜けなやり口なのだが当の被害者は気づかない。手口は次回紹介するとして今回は二人の特徴だけ紹介する。(常に偽名を使うから本名は伏せます。)

身長170cmちょいで禿げ、常にハンティング帽子をかぶり、三角おにぎりのような頭でとにかくえらそうな態度とドクターを名乗るのが特徴的。一見ユーモアにあふれ知性派を装うが専門的な話になるとボロがでる。

身長165cmほどの色黒で中肉中背年は53歳だが、40そこそこにしか見えない。いつもサングラスやめがねをかけ、周囲を異常に気にする。話し方は物静かで丁寧。

両者ともニマンヘミンに在住中。
いつも禿げが主役を演じ、もう一人は脇役、実は親分は脇役のほう。

在住者は狙わないと思うが、充分注意が必要です。